2012年を振り返って思うこと。

埼玉県坂戸市でパソコンを教えておりますアートパソコンスクールの伊藤です。

去年の東日本大震災から1年9カ月が過ぎ去りました。とっても速いです。現地にいるいとこに話を聞くと、やっと最近半壊の家の取り壊しの順番が回ってきたとのことでした。市が無料でやってくれるそうです。もちろんまだ仮設住宅住まいです。2012年の今もあの時からほんのちょっとだけの前進でいるようです。

パソコンスクールはというと熱心に講習に励まれている生徒さんが多いです。年齢に関係なくです。「これをこう使うと家でも使えますよね。」と。
私も仕事で生かすとしていたので、頭が下がります。一生学ぶということはきっと楽しいものなのだと思いました。

政権が交代してこの後はどうなるかわかりませんが、無料で行われているパソコンスキルの就職支援訓練の講習なども積極的に利用して、就職して戴きたいなとも思います。これは失業保険をかけていない方でも利用できます。お近くのハローワークへ行くと詳細が分かります。又、ネットや時々求人ちらしにも掲載されています。やっぱり無料で学べるのは魅力だと思います。

オフィスの進化がめざましくて「格差」が広がっているような気がします。スマホの操作方法が指でのタップになるので、それに対応したオフィスソフトになってきているようです。スマホやタブレットを意識したソフト作りになっているのですね。それとクラウド利用でいつでもどこでもオフィスを利用できることが強調されてきています。スタンダロン(単独使い)はもう死語かもしれません。ネットワークに乗って、いや乗らないと仕事にならない環境になっていくのでしょう。

ソーシャル、ネットの話ですが、昔mixiは招待がなければ登録できませんでしたが、今はだれでもOKで、facebookのいいね!をあちこちで見ます。もう、いいね!のLikeBoxに顔写真が載らないといけないのでしょうか?ツィッターでつぶやいて、社内の同僚と話しをする時代なのでしょうか?Too much アナログな私にはもう少し勉強と理解が必要です。このパソコンスクールのサイトにもソーシャル機能は一切つけていません。その効用がよくわからないからです。

私は相手の顔や様子や行動を見て、この人は何を要求しているのか、どうしたいのかと生の状態を観察、洞察するのが好きなので、文字や写真、イラスト、動画等のコミュニケーションはどうなのかと思います。もちろん否定はしませんが。

新しもの好きな伊藤ですが、いちいちどうなんだろう?と立ち止まるのは歳のせいでしょうか? そんな2012年でありました。

叔母が被災地の自宅へ戻りました

悪かった足も大分良くなり、入れ歯もきれいに口に収まり、そのせいで笑顔がとっても若返った叔母。別れが辛かったですが、家の様子やお盆の準備が心配になったとのことで、車で自宅に送り届けました。去年迎えに行った時よりは町はきれいに片付いておりました。でも、何も無い、遠くまで見渡せる、ここに町があったとは思えないほどの 様相でした。叔母の家から食料品を買う簡易スーパー、市場まではタクシーで片道4,000円。生活できるとはとても思えない状況でしたが、親戚や甥姪が差し入れをどんどんしてくれて生活が成り立つとのことでした。

去年の今日は本当に怖かった・・・

去年の今日を思い出すと「本当に怖かったぁ」というのが本音です。私は20階建ビルの12階にいて、揺れる揺れる・・・。新しいビルではなく、耐震構造になっているのか なっていないのか定かではないビルなので、「このまま、死ぬんじゃないか」と本当に怖かったです。もちろん家には帰れず、とある小学校の体育館で一晩過ごしました。 そこには300人位の人が一緒に一夜を過ごしました。寒かったし、余震が怖かったし、そして、実家には電話がつながらず、本当に生きた心地がしない一夜でした。 私よりももっともっと悲しい思い、今でも辛いお気持ちでお過ごしの皆様、言葉では言い表せないこととお察しします。一日も早く皆様の生活が安堵感に満ち溢れますように 心からお祈り申し上げます。

被災地の叔母を連れてきました

宮城県の被災地に独居している叔母を自宅に連れて来ました。実の娘もいるのですが、コンビニを任されておりまして、現地被災地で営業をしている関係上、叔母の面倒がみれず、 私の家に一時引き取りをしました。車で迎えに行きましたが、本当に驚くばかりの光景で、テレビでみるよりもっと悲惨でした。叔母の家もかなり高台にあるにもかかわらず1階の高さ1mくらいまで津波が押し寄せたそうです。精神的に参っていた叔母でした。 笑顔が戻るように支えたいと思っています。